姉妹校はじまり物語
最初に蒔かれた小さな種には、大きな希望が託されていました。
姉妹校それぞれの、知ってるようで知らない創立の頃の物語を紹介します。
(当時の会長名を記載しています)
聖心女子専門学校
三光会会長 岡 聖子(ド36・三保24)
闇から光へと抜け出る通路のような場所でした
文部省に提出された学校沿革の記載によると、聖心女子専門学校は、「1948年聖心女子学院高等科に一般教育と英語を2ヶ年で専攻する課程として英語専攻科を附設」したことからはじまっています。しかし実際には、1948年3月には1回生が卒業しており、英語専攻科が発足した経緯は、戦前にまで遡ることができます。
1909年に認可された「私立聖心女子学院小学校、同付属幼稚園、同外国人部」と、これらの学校に加えて1916年に設置された「私立聖心女子学院高等専門学校」が母体となって、戦中の混乱期と戦後の学制改革を経て、聖心女子学院(三光町)、聖心女子大学、インターナショナルスクール、聖心女子専門学校へと発展していきます。
なかでも、聖心女子専門学校の誕生には、1943年に聖心女子学院外国人部の学則が変更されたことが大きく関わっています。戦時中につき、文部省の学校統制が厳しくなり、名称も聖心女子学院芙蓉寮となります。2016年発行の『ありがとう英語科』に掲載されている1回生の回想には、「戦時中、芙蓉寮には家政科が出来たが、昭和18年入学の1回生と19年入学の2回生は、卒業を待たず空襲激化のため解散、戦後の昭和20年に英語科が出来、9月英語科1回生入学、当時は3年制であった」との記述があります。1945年8月終戦の翌月には英語科(語学部)が立ち上がっているところに、戦時中も英語を学ぶ種火を守り続けたこと、そして戦争が終わったことへの強い希望と喜びがうかがえます。
戦災で焼失した旧高等専門学校校舎跡に、英語専攻科専用の木造モルタルの校舎が完成したのは1949年。それまでは「焼け残った校舎を互いに譲り合い、日替わり教室」で過ごし(2回生)、冬は足が冷えないようにと、マザー・ブリッドが「小さな木切れを一人ひとりに下さり、それを床の上においてその上に足を乗せ受講した」(1回生)など、戦後草創期の困難は計り知れません。しかし同時に「専門学校英語科の2年間は、自分にとって闇から光へと抜け出る通路のよう」だと感じていた卒業生が大半だったと、設立間もないころに教鞭を取り、のちに校長もつとめられたシスター廣戸直江が綴っておられます。 求めたことが与えられるためには、時間が必要で、忍耐しなければならないこともあります。すぐに結果が出なくても諦めないことの大切さを、わたしたちは学ぶことを通して教えていただきました。それはいまも、卒業生ひとりひとりの心の支えになっています。

英語専攻科用として新築された校舎(1949年)

卒業式(2回生/1949年)

8回生による運動会

タイピングの授業(1960年)
参考資料:『ありがとう英語科|記念誌| 』(2016年発行)






