姉妹校はじまり物語

最初に蒔かれた小さな種には、大きな希望が託されていました。
姉妹校それぞれの、知ってるようで知らない創立の頃の物語を紹介します。

(当時の会長名を記載しています)

聖心女子学院

みこころ会会長 上野 愛子(み58・宮27)

自ら進んで困難に立ち向かう

東京聖心は1907年、フランスの聖心会総長マザー・ディグビーが会を日本に差し向けることを決心し、日本宣教の開始者をオーストラリア管区より派遣することから始まった。オーストラリア管区長マザー・サルモンの引率のもと、マザー・ヘイドンはじめ四名は長崎、神戸、横浜を経て東京に到着、麻布教会ツルペン師の案内で麻布笄町の家に落ち着き、ここを聖心会修道院にした。教育を事業とする聖心会にとって修道院と学校とは一体であることから、1908年、マザー・ヘイドンは学院設立の必須条件である校地校舎に適した広大な土地を探し、或るカトリック信者より情報を得て芝白金三光町に売りに出ていた土地を獲得した。約三万坪のこの土地は沢あり沼あり林あり坂ありの草木の生茂る荒れ放題の土地であった。同年6月財団法人私立聖心女子学院の設立認可がおり、翌年3月に校舎落成、4月より高等女学校、小学校、幼稚園が開校した。校舎、聖堂、修道院が落成されるも関東大震災、第二次世界大戦下の空襲で校舎は焼失、建立を繰り返し、現在に至る。 1917年、管区長マザー・サルモンを中心に1回生9名、2回生8名、3回生13名が聖心を第二の家とし、マザーを第二の母として慕い、「みこころ会」が発足した。創始者マザー・バラの「自ら進んで困難に立ち向かい、他人に苦を与えず」という言葉を卒業生に贈った。これを受けて卒業生自らがこのお言葉を会のモットーとした。

学院校舎。関東大震災で焼失した

1909年に落成した正門。かつては銀杏並木の入り口にあった。正門は東京都の歴史的建造物に指定されている

高等科卒業記念写真(1958年当時)

1918年完成の聖堂。震災で倒壊した

三光町修道院(1946年頃)

みこころ会発足当時のメンバー。1917年管区長マザー・サルモンにより正式に「みこころ会」として発足